朝一番から電波びんびんHOTな話題ワードをテーマに文章綴る。寝惚けた頭に目覚めの一発。日々命題第六十五回目のテーマは「水曜どうでしょう」だ。
「水曜どうでしょう」が復活するかもしれない。そんな情報が今飛び交っている。水曜どうでしょうといえば北海道のローカル番組であるにもかかわらず、全国的に人気のある実力派バラエティ番組である。
大泉洋さんはこの番組からその名を馳せたとも言われており、内容としては無謀な旅をするというものである。実は当紙記者は水曜どうでしょうを見たことがない。これから新作が発表されるというのであればこれを機会に見てみるのもいいかなと考えている。
しかし、見たことはなくとも様々な人から評判は聞かされている。ニコニコ生放送の放送スタイルのひとつに車載放送というジャンルがある。これは車載カメラによるライブ中継を放送するというものなのであるが、ここの人たちがよく「水曜どうでしょう」みたいなことをしようというわけである。
日刊テラフォーでも取り上げたことのある車載放送主オジイチャンは、ネオバーグを食らいつくすという無茶企画をやり遂げ、近々ではマウンテン登頂企画を行った。マウンテンとは名古屋にある喫茶店であり、奇食を喰わせる店として高名である。
このような日常の中にある非日常を進んで体験し、それを視聴者は疑似体験出来る。こういうのは実に楽しいものがある。人を小馬鹿にして生まれるような笑いではない健全な笑いがそこにあるのではないだろうか。素直な感嘆がそこにあるのではないだろうか。
ブラックジョークなんて言えば聞こえは良いが、人を馬鹿にして生んだ笑いは不健全である。松本人志氏が「アメリカでは60%ぐらいの力で全力出さなあかん」というようなことを言っていたことがある。これはつまり、程度の話だ。笑いには程度がある。下ネタや悪口というのは笑いの中でも程度の低いものなのである。
何故程度が低いのか。それは子どもでも笑うからである。子どもには笑えない大人にしか笑えない。それが程度の高い笑いだ。笑いには階級がある。そのことを理解もせずに笑いを語る人間が増えたのはお笑いブームの弊害か。
しかし、そんな中でもきちんとした笑いは生き延びていた。それが「水曜どうでしょう」なのだ。まだまだ公開される予定はなさそうだが、実に楽しみである。またひとつ、生きる目的が生み出されたのであった。
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