柳宗理さん、その軌跡
25日、プロダクトデザイナーの草分けである柳宗理(やなぎそうり、本名:むねみち)さんが、肺炎のため死去した。96歳だった。葬儀は妻の文子さんが喪主を務め、近親者のみで行う。後日、お別れの回も行われるという。工業デザインに革新をもたらした偉大なるデザイナーの死は、あまりに急だった。
柳さんは東京都出身。大正4年、民芸運動を提唱した思想家である柳宗悦(むねよし)さんの長男として生をうける。この後生まれた2人の弟たちも、後にそれぞれ美術史家、園芸研究家として活躍することになる。昭和13年には東京芸術大学の前身である東京美術学校洋画科で勉強。卒業後は工業デザインの研究を始め、昭和28年に柳工業デザイン研究会を設立。2002年には文化功労者に選ばれ、日本民芸館名誉館長も務めていた。
作品の根幹にあるのはシンプルで使いやすいもの。その中にも「日本の伝統美」をテーマに据えて、家具や食器など彼がデザインする製品は次々とロングセラーになった。そして、宗理さんの代表作でもある「バタフライスツール」は、ミラノ・トリエンナーレで金賞を受賞し、その名を轟かせた。畳の上でも使えるということを念頭に置かれて制作されたこの製品は、高い評価を受けている。この他にも、札幌五輪の聖火台や関越自動車道・関越トンネル坑口などのデザインなどジャンルを問わず幅広い分野で活躍した。
彼の功績により、日本の工業デザインは世界に誇れるものにまで成長した。96年の軌跡はあまりにも偉大なものだった。
【記事:森野】
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